銀の馬車道(旧生野鉱山寮馬車道)は、明治9年、生野銀山の精錬・製鋼にかかる物品・生活物資の輸送力アップのため生野鉱山と飾磨港を結ぶ49kmの道路のことです。この道路は、当時の欧米の最新工法であったマガダム式(道路を水田より高くし、あら石・小石・玉ジャリを順に敷き詰める工法)により建設された、日本初の高速産業道路(幅6m)といえます。
その後、更なる輸送力向上のため播但鉄道(現JR播但線)が明治28年に開通し、この銀の馬車道は約20年足らずで、その姿を徐々に消していくことになります。完成から約130年が経過した「銀の馬車道」の大部分は、現在の国道・県道の一部に利用されています。
この銀の馬車道をたどると、当時の面影があちこちに残っています。 |
| 詳しくは、中播磨県民局・企画調整部・銀の馬車道プロジェクト課まで (п@079−281−9059) |
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